今期アニメ視聴ノススメ


趣味……と言っても流石にいい気がするのだが、私はアニメを見るのが結構好きだ。それも今放送しているアニメというのが特にいい。放送中のアニメたちは緩やかに連帯して「今期アニメ」という一つのシーンを形成しているように感じられるからだ。
この中には人気のあるアニメもそうでないアニメも、その人にとって面白く感じるアニメもそうでないアニメもある。商業的に大きな成功を果たそうという気合を感じさせるものもあれば、好事家がひっそりと好みそうなものもある。もちろんジャンルも様々だ。アクション、サスペンス、ラブロマンス、コメディ、そして萌え……。「今期アニメ」シーンは実に多彩で、多様性に満ちていて、それ故にエキサイティングだ。

アニメ視聴でこの多くのアニメの恵みを感じることができる視聴スタイルというのは、意外と他にないと私は考えている。過去の名作を見ているだけでは横に広がる多彩さを実感しにくいこともあるだろうし、既存のアニメを全て網羅しようとするのは流石に個人の手が回らないほどに世の中にアニメが多すぎる。何よりも「今期アニメ」という括りで見ようとすることで、無作為の偶然の出会い(Serendipity)をもたらしてくれるのが大きい。これは選択の結果よりも刺激的で、更に自分にとって予想外の何かを得られることもある。
「今、この時放送している」という、ただその一点を持って一同に会したアニメたちに出会える「今期アニメ」というのは、少なくとも私にとっては、アニメの最も多種多様で色とりどりの模様を、ちょうどいい具合に感じ取れるものなのである。

最近は大抵1クールに30〜40本ほどを追うことが多い。1クール数本しか見ない方にとってはずいぶん多く感じるかもしれないが、テレビアニメは多い時だと50本とか60本とか放送されているらしいので、総数で言うならば全く追いつかない。
とはいえこれ以上増やすとキャパシティを超えてしまうかなという感じもある。それでもこのぐらいは持続したい……と思っているのが、今の30〜40本程度だ。

アニメを見るようになってかなり経つが、はじめからこのぐらいの本数を見ようとしていたわけではない。私の生まれが富山で、当然アニメに強いTOKYO MXが映るはずもなかった……というのも理由の一つだが、関東に移り住んだ後もかなり多くて10本、少ない時だと1本も完走しなかったこともある。
振り返ってみると、この時の私は、どちらかといえば自分という形にぴったりはまってくれるような、いわば自らのパートナー足り得る作品をを探すべく、アニメを見ていたようにも思う。

アニメを多く見るようになったきっかけはシンプルで、当時従事していた労働をやめてしばらく無職になったからだった。その頃やっていた労働は大抵帰宅が23時ぐらいで、22時台にアニメが放送しているとまずリアルタイムで見られずに、歯がゆい思いをしていた。
しかし無職になると、その時間のアニメが見られるようになる上に、深夜遅くまでアニメを見ていても翌日のんびりと起きることができる! 当時の私にとってのびのびとアニメが見られるというのは、まさしく自由の象徴だった。そうして気がつくと、1クールに数十本ぐらいの本数を自然と見るようになっていた。
生活が立ち行かなくなりかけたので、その後やむなく就職をしたのだが、ありがたいことに今のところは激務というわけではなく、なんとなくこのアニメの習慣も続いたまま今に至る、というわけである。

数を見るようになって、アニメを楽しむに際して大切なのは自己のチューニングをすることだ、ということがわかってきた。アニメにはそれぞれ強みがあり、そこを柔軟に受け止めることができるならば「アニメの波にうまく乗る」ことができる。
そのような姿勢でいると、最初はピンと来なかったアニメも、見ていくうちにそのアニメのやりたいことが掴めてきて、とても楽しく思えるようになったりする。もちろん中には最後までイマイチに思う作品もあるし、逆に最初からずっと素晴らしいと感じる作品もある。ともかく、面白くともつまらなくとも、アニメの全てを見てどう感じたかということを体験することができるのが、何よりも興味深いことだと私は考えている。だから最近は意識的に、できる範囲で見るアニメを選別しないようにしている。先ほど書いたように、偶然の出会い(Serendipity)よりも心躍るものはないからだ。

アニメを見るのは面白いのだが、それはそうと私は根本的に怠惰なので、配信で能動的に視聴する、という行為が恥ずかしながらあまり得意でない。そんな私の持続可能なアニメライフ(Sustainable Animation Life)の達成に不可欠なスタイルが「放送されてるアニメをなるべく片っ端からリアルタイムで見る」というものである。
これのいいところは、当日口を開けていればアニメが飛び込んできてくれるというだけではなく、「今日はリアタイ視聴が可能なので、それまでに追いついておこう」というようなモチベーションが生まれるところにある。あまりにも放送が深夜遅いと、取りこぼしがちになってしまうのだが。

ちなみに、私は長年の習慣から、大抵「実況」と呼ばれるような、アニメを見ながら掲示板やSNSで管を巻く行為をしているが、これは習慣でやっていることなので、特に素晴らしいとか素晴らしくないとか、おすすめするとかしないとか、そういう風な意見は特になく、ただ習慣だからやっているという感じだ。
アニメを本気で見るなら管など巻かないほうが当然良いとは思っているが、個人的にアニメ視聴で大切にしていることが Sustainable なので、いい具合に気を抜けるこれを続けている。個人的なスタイルとしては全く好きではないのだが、例えば別に倍速視聴がその人によって Sustainable な方法であるならばそれもまた良いだろう。アニメはあるがままの形が最善で、故にそこに敬意は払うべきだと考えているが、しかし一方で視聴という行為の主体はアニメ側でなく視聴者の側にあるからである。

そんなに面倒ならアニメを見なくてもいいのでは? と思う方もいらっしゃるかもしれないが、どんなに面倒でも見てみると面白いというのがアニメのいいところである。皆さんにも「面倒だったが、やってみるといいことしかなかった」というものは経験があることだろうと思う。
大切なのは、未知の大海にとりあえず飛び込んでみることなのだ。


そもそも、アニメというのは複数回見ないと大抵わからないことが大量にあるので、1回目はお試しでさらりと見て、「これは!」と思ったらもう一度じっくり向き合うのがよい……とは思ってはいるのだが、これに関してはなかなか実践できていないのが正直なところだ。

ところで先日、労働の場でアニメの話題を振られることがあった。雑談の場で「末茶さん(仮名)は、アニメとか見ますか?」と聞かれたのだ。
その時の私はどうしたかというと、健全な労働者としての仮面を外さずに「まぁまぁですかね」などと当たり障りなく答えた。そしてそんな私の脳内では、その時爆発的に考えが巡っていた。もし見ているアニメを聞かれた時の最適な回答はなんだろうか? 正直に言って「私は月30本以上はアニメを見ていて、はっきり言ってアニメオタクです」という自負もある。最適な回答を繰り出したい。

真っ先に脳裏に浮かんだ好きなアニメは『魔都精兵のスレイブ』……いや、これはシンプルにエッチアニメすぎる。無理。
次に『最強タンクの迷宮攻略』う〜ん……これも好事家向け、という感じがする。
では……『ゆびさきと恋々』これはいい! 仮に相手が知らなくても「手話のコミュニケーションをテーマにしたラブロマンス」というのは会話のフックがある。
あとは……『ダンジョン飯』これもいい! 人気があって実際私も楽しんでいる。たとえ見ていなくとも名前は通じるであろう。
よし、『ゆびさきと恋々』『ダンジョン飯』このカードで行こう! さながら相手の動きに完璧なカウンターをしかけてやろうと構えるボクサーのように、私は盤石の布陣で会話に臨んだ。

とはいえ結局のところ、それらのカードを自信満々に切ることはなかった。その方は続いて「僕は最近『葬送のフリーレン』にめちゃくちゃハマってて〜」と繰り出してきたからだ。なるほど。『葬送のフリーレン』そのクール(24年冬)でも文句なしにトップの話題作だ。誰もが知る話題作が登場したことに私は安堵と拍子抜けであることを両方感じながら「ああフリーレンですか。いいアニメですよね」と答えた。うむ、健全な労働者として完璧な回答だ。
「凄く絵がよくってね」とその方が言うので「ええ、そうですよね」と返す。「凄くこだわって作ってる感じがあって」「えぇえぇ、わかります」そこには和やかな雑談の空気が流れていた。続いて、その方はこう続けた。

「僕本当にフリーレンが気に入ってて。もう10回ぐらい頭から見返してます」
「10回も!?」

驚いて思わずその日一番の瞬発力が出た。いや、実際の私は恐らく、朗らかな労働者としての顔を崩すことはなかっただろう。しかし正直に言ってその言葉には打撃を受けた。当時の私は30本ほどアニメを見ていても、複数回アニメを見返すことはなかなかできていなかったからだ。しかも10回である。
今までの特に気に入ったアニメでも、そんなに見たアニメがあるだろうか……『Extreme Hearts』『BLUE REFLECTION RAY / 澪』『バミューダトライアングル〜カラフル・パストラーレ〜』『となりの吸血鬼さん』『ひなろじ 〜from Luck & Logic~』……いや、10回は、見ていないかもしれない。その話はフリーレンの放送中のタイミングだったから、頭から終わり(全28話)まで10回見たわけではないと思うのだが、それでもその方の「フリーレン愛」に勝てる気がまるでしなかった。アニメくんとしての自信が粉々に砕け散ったと言っても過言ではない。
その方は他の視聴ラインナップを少し聞いてみても、いわゆるマニアという感じはしなかったのだが、しかしフリーレンに対する愚直なまでにひたむきな姿勢や熱意は、明らかに私を凌駕していた。

というか、そもそもの話、本当に申し訳ないのだが私は『葬送のフリーレン』を序盤ぐらいまでしか見ていなかった。なぜならば裏番組の『攻略うぉんてっど! ~異世界救います!?~』『最弱テイマーはゴミ拾いの旅を始めました。』をどうしても見たくてリアタイしていたら、フリーレンを大量に溜めてしまったから――。どんなに偉そうなことを言って、アニメをたくさん見ようとしていても『葬送のフリーレン』のような文句なしの話題作をついつい見逃してしまう。誰もが楽しんでいる『葬送のフリーレン』を見られていない? すなわち、

アニメくん、失格。

私が立派なアニメ視聴者になるためには、どうやらまだまだ修行が必要なのであった。
「もっと精進します――」私の心の声を、その現場でご一緒した方は、恐らく知ることがなかったであろう。


補足:24年冬に見た中で今のところ一番のお気に入りは『ぽんのみち』


This is a moe

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