ビリヤニ わかめラーメン 祖母の味


最近私が夢中になっている米料理に「ビリヤニ」というものがある。

日本でもインド料理屋などで食べられるビリヤニは、パラパラとしていて羽のように軽やかなインディカ米のバスマティライスと、スパイシーなマサラ(カレー的なやつ)を層にして炊き上げる、中国のチャーハンとも日本の炊き込みご飯ともちょっと違う料理だ。先日、セブンイレブンでもビリヤニの弁当が販売されていたりしたので、最近はこの料理を認知している方も恐らく増えているのではないだろうか。
もちろんセブンのビリヤニ弁当もきっちり食べてみたし、確かに結構美味しい! ……のだけれど、いやいや、ウチの近所の店に来てみてください。本当にうまいビリヤニを食べさせますよ。

近所のそこはよくあるインド・ネパールの料理がメニューに並ぶお店だったのだけれど、中でも「南インド」という地域をアピールしていた。南インドはインドの中でも米文化が盛んな地域らしくて、つまりビリヤニが強いのも、少ない経験ながら南インドを冠しているお店が多い印象がある。
そのお店のビリヤニは大変美味で、本場感と日本人向けのバランスが絶妙なのか、食べやすいのに適度に刺激的だ。まず、ふわりとしたパスマティライスを口にいれると、意外とホッとするような優しい口当たりを感じる。しかしながらビリヤニというのは料理そのものにも様々な味の層があり、スパイスを一緒に口に運べば刺激的な辛味や爽やかな清涼感が、マトンを一緒に食べるとインパクトのあるこってりとしたコクが……と、実に多彩な顔を見せてくれるのである。
そしてビリヤニに重要な添え物は、カレーよりもライタ1だ!ヨーグルトをご飯にかけるというのもはじめは少々面食らったが、酸味とまろやかさが絶妙にビリヤニの新たな一面を覗かせ、皿半ばで更に驚きをもたらしてくれる。未食の方も、もし一度食べてみたらきっとビリヤニにはライタ以外考えられなくなっていることだろう。

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マトンビリヤニ

このようにビリヤニとは、一皿食べるだけで、色々なジャンルのアニメを見ているかのような、多彩な刺激に満ち溢れた体験ができる料理なのだ。ビリヤニとは、食事とはエンターテインメントであるということを、私に力強く語ってくれる! 宮廷料理をルーツに持ち宴会の時にも食されるそうなのだが、そうしたポジションであることにも納得感がある。
はっきり言って、並のアニメではビリヤニのエンタメパワーには対抗できないと言っても、ひょっとすると過言ではないかもしれない……。

すっかりビリヤニに夢中になった私は、他にも素晴らしいビリヤニを提供してくれる場所がないかネットで検索していた。すると、少々離れた場所にビリヤニを含むパキスタン料理を提供する店があるらしく、自転車で足を伸ばすことにした。ビリヤニは湾岸地域で広く食されている料理らしく、パキスタンもその国の一つということだそうだ。
そのお店はなかなか辺鄙なところにあって、郊外の田園の中に工場が点々とするような地帯にある。マップを頼りに近くの道路まできてもそこに飲食店があるようには思えないのだが、ある工場付近の小道を抜けていくと、突然にそのお店は現れる。そしてそこにはイスラーム文化協会も並んでいて、海外出身の方のコミュニティの場になっていることを伺わせた。
実際にそのお店に入ってみると、お客も誰一人として日本人がいない! 急に異国に迷い込んだような感じに私は少々戸惑ったが、店員さんは親切にホワイトボードのメニューを指して「ここまでが、ご飯。ここからは、カレー」と解説してくれた。なるほどなるほど。私は親切な店員さんに感謝を伝えるべく笑顔で軽く礼をして――そして、ホワイトボートに再び向かう。なるほどなるほど。
……アルファベットを読んでもビリヤニと書かれていない気がするし……料理名を聞いても全くピンとこないが……しかしご飯なら間違えないだろう! と思い、私は「Mutton Pulao」を頼んだ。

暫く待つと、皿いっぱいのバスマティライスと、中央に立派な骨付きのマトンが鎮座している料理が届けられた。ライタもついている。
後で知ったのだが、このプラオというのはバスマティライスを使った炊き込みご飯で、乱暴に言うならばビリヤニのシンプル版みたいな感じの料理らしい。

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マトンプラオ

食べてみるとビリヤニよりも素朴な味わいだ。丸々の青唐辛子が混ざっており、そのまま食べると辛くてつらいが、ライタをかけるとマイルドになってちょうどいい。マトンは本当に骨が多く、たまに料理にも骨の欠片が混ざっている。ビリヤニとは違ったが、しかしながらこれはこれで美味しく、そして何よりも大変異国情緒に溢れていて、大満足だった!
海外の食文化を味わうにあたって、なによりもエキサイティングなのは日本国内とは違った雰囲気が楽しめることだ。初めてプラオに出会い、また一つ新たな体験ができたことに感謝しながら、私はパキスタン料理のレストランを後にした。出る時に本当に日本円が使えるのか、ちょっと不安になった(もちろんちゃんと使えた)

ところで話は変わるが、ビリヤニと聞いて思い出す作品がある。アラブ首長国連邦の3DCGアニメ『フリージ』である。

フリージという作品は、近代化と都市開発が急激に進むドバイを舞台に、伝統と習慣を重んじるおばあちゃんたちが、姿を変えていくドバイに戸惑いつつも騒動を巻き起こすコメディ作品だ。日本では令和の元号になった瞬間に放送されたアニメとして(一部に)知られている本作だが、この作中でビリヤニが登場することがあるのだ。
ビリヤニが登場する、「レストランに行こう」(日本放送第18話)という回は、おばあちゃんたちがドバイの高級フレンチレストランに行くエピソード。料理名を見てもちんぷんかんぷんなおばあちゃんたちは、そこでビリヤニを注文しようとするのだが、当然「ウチはフレンチレストランですから」と断られてしまう。しかしながら我慢がならないおばあちゃんたちは、いよいよ厨房へ乗り込んで自分たちでビリヤニを作ってしまう! という、まぁなんとも迷惑で、そして面白い話なのだ。他のエピソードもとても面白いので、是非未見の方にも見て欲しい。

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厨房に乗り込むウム・ハマス
『フリージ』第18話

さて、ここでビリヤニというのは、伝統側の料理として登場している。私のような日本人にとってはちょっと真新しい料理でも、ドバイの人々にとってはそれが伝統側の料理なのである。そう思うと、先日訪れたパキスタン料理のレストランも、私以外の方にとっては、文化が違う日本の地で、故郷の料理を食べ、ほっとすることができる……。きっとそんな場所なのだろう。
『フリージ』というアニメは、モハメド・サイード・ハリブ監督が自身の祖母をモデルにして作った作品なのだと言う。物凄いスピードで発展するドバイの街を見ながら、もしかすると監督も祖母と食べたビリヤニの味を懐かしく思っていたのかもしれない。

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フレンチレストランでビリヤニを食べる一行
『フリージ』第18話

そういえば、私も関東に移り住んで、ふと祖母のことを思い出す料理がある。それは「エースコックのわかめラーメン」だ。

昔私が実家に住んでいた頃、両親が共働きだったため、夏休みなどの時期に平日に昼食を用意してくれるのは祖母であった。しかし、祖母は夕食も用意するのでなかなか献立を考えるのも手間で大変だったのだろう。そこで、主食としてよく出されたのが、エースコックのわかめラーメンだった。今ならば、カップラーメンの中でもわかめが入っているという比較的健康に良さそうなチョイスに、祖母の孫への思いやりも感じられるのだが、しかしながら不幸なことに私の祖母は常に同じものを食べ続けるタイプの人で、そして私は即座に飽きがくるタイプであった。なので私の意に反して、わかめラーメンは結構な頻度で食卓に並んだ。
しかも健康志向の強い祖母は「塩っ辛いから、お湯を多めに入れて食べっしゃい」と、エースコックさんが定めたお湯ラインを越えて湯を注ぎ、わかめラーメンの味を積極的にしょうもなく2するものだから、まぁハッキリ言ってそんなに、おいしくないのである!

祖母には色々と料理と作って貰って、思い出すのがこのわかめラーメンというのも、さぞかし不孝な孫だと自分でも思う。
しかし富山から離れた地で、もうすっかりこちらの生活にも慣れた私にとって、ふいに故郷を思い出す食品を見かけることは、なかなかない。しかしそんな時に、関東のスーパーにも置かれているエースコックのわかめラーメンを見ると、私は不意に祖母のことを思い出し、懐かしい気持ちになるのである。
関東暮らしの私にとっては、案外このわかめラーメンこそが、異国出身の方々にとってのビリヤニと同様に、故郷を思い出させる味なのだ。



まぁ、でも正直なところ、今でもまだ、ほんのり飽きていて。
だから、自分でわかめラーメンを買うことは……まず、ない。
(エースコックさん、本当にすみません!)

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  1. ヨーグルト和えのサラダみたいなやつ。 ↩︎

  2. 富山の方言で「塩気が足りない」の意。 ↩︎